逢魔の扉を前にして

     “初めましてのお兄様”
 



     8



雲一つない蒼天に、ありえないものが浮かんでいる。
うっかりすると足元の芝草の上へ仰のけにひっくり返りそうなほどの角度で
頭上を見上げていた暁少年と槇の中将だったが、

 「……兄様っ。」

そんなまでの高み、中空にゆらゆらと浮かぶ人物へ、
銀の髪をした少年が切なる呼びかけを放った。
人世界の一角、異次元との接触もあるとの噂の、中将殿の謎屋敷の奥向きに、
何の前触れもなく突然現れた存在へ、
だが、引き寄せられるよに駆け付けた、屋敷の主とその弟子の少年。
どこか異国風で頑丈そうな厚衣仕立て、
古代中国かどこか異国の、導師や軍師がまとうよな立て詰襟に裾長で、
咒か術式なのか、細やかな刺繍が全面に施された仰々しい装束を着て、
肩や背を覆う長い黒髪を、ゆらゆらと揺蕩わせている相手が
この距離でありながらも何者であるのか承知なようで。

 「〜〜〜〜っ。」

鮮やかな赤毛の下、鋭く釣り上げた双眸をなお鋭角にとがらせたまま、
中将殿が咒言を連ねて、額の前で指を組んでの印を結べば、

 「あ…。」

中空に浮かんでいた存在がゆっくりとその高度を下げてゆく。
もどかしいが強引に術を切ってしまっては何が起きるか判らない。
これでも、この気の短い彼には珍しいほどに気を遣っての対処であり、

 「なんてこと…。」

厚い生地らしき導師着と、筒袖の内着に筒袴を合わせていて、
腰には鞘付きの長剣を挟んだ帯を佩いている。
そんな衣紋のみならず、覗いている手やら顔やら、痛々しい瑕疵が隙間なくまぶされていて。
何かしらの争いごと…戦いの中で重度の傷を負った身なのだろうと見受けられ。
本来なら越えられようがない他次界、障壁に阻まれている“向こう側”に存在するお人なのに、
それがどうしてと感じた不審が、本人の意思ではない事態なのだと理解できたと同時、

 「……っ。」

まだどこの誰とも相手が判らないのに、
はらわたが煮えて噴き出して来そうなほどの怒りを感じた鬼の子くんで。

 「怒りは判るが 何もかんも後だ、暁。」
 「…はいっ。」

だが、それさえすっぱりと見越したうえで、
中将様から醒めたお声を投げかけられ、
はっと我に返ってそのまま表情がこわばる。
本当の血縁ではない、
おそらくはどちらもが同族のいない、この世に唯一という孤独な存在同士で。
だがだが、厄介な色々を負って生まれし鬼の子を、
幼いうち、か弱きうち、誰からも何からも守るよに手厚く懐へ入れてくれた御仁で。
自らを“兄”と言い、あらゆるものからの盾となってくれた。
まだまだ本来の力を出せぬ身を案じ、
次界の混乱も予見され、苦渋の選択として物理界へと送り出してくださった。

 “…兄様。”

そもそもからして運が良ければ戻ってこれようという仕儀ではあったが、
だがだが、何の支障があったか…どこかきな臭い影をまとった運びに流されて、
はるか遠い障壁の外へまで飛ばされた和子。
頼もしき存在もおわすことを慰めに、
時折知らせを送り合う程度の儚き繋がりを愛しんでいたものが、
思わぬ災禍に双方ともに襲われた。
こちらが山ほどの犠牲を出しつつ何とか凌いだ、冥府界からの障壁破り、
咒獣や魔物を従えた負界の大軍勢、
神獣界へと逸れた矛先を、そちらではなんと彼がひとりで抑え込むこととなったのだそうで。
譬えではなくの神獣の力もて、
絶対障壁さえ破った軍勢を独力で抑え込み追い払った彼だったもの、
役目は終わったと非情にも追いやった者らがいる。
気配を嗅いで戻ってこられても迷惑とかどうとか、勝手な理屈をおっ立てて、
神獣界から放り出した連中だったらしく。
だがだが、そんな身勝手なお馬鹿をしたその帳尻、
彼が彼ほどの力もて一人で押し返したその異界の軍勢が
形勢立て直して重来しよう番狂わせに、
頼みの綱もいないまま押されまくった後日だったらしいが、それはともかく。

 “兄様も不在なクソ次界なぞ、どうなったって構わぬさ。”

こらこら、お口が悪いぞ、暁くん。(苦笑)



     ◇◇


「はい、オッケイです。」

大きく開けた空を見上げられる、広々とした庭園を模したスタジオで、
ワイヤーと細身の担架タイプの吊り装具を使い、
あたかも不思議な力で宙に浮かんでいた様相を再現されていた“翠龍”ことシグマさんだったのだが、
シーンの設定切り替えとあって、
複数人がかりで支えられた担架の上でホッとしたように双眸を開いた。
メイクでとはいえ、随分と悲惨な怪我を負っているよな姿なのが
尚のこと痛々しい見た目だったが、

「吊り具は退けますので、暁くんに抱えられた格好になってこのシーンは締めですね。」

某M崎アニメの名シーン、親方、空から女の子が…もどきな場面の締め、
意識のない兄上を抱きとめて、とりあえずホッとするという絵面になっており。
助監督さんの指示出しへ、担架から降りつつ頷いて見せた、今は黒髪の兄様。
段取りには了解しましたと頷いたものの、だが、

「私、結構重たいですよ? 補助具がないと…。」

一見して、まだ高校生で十分通りそうな痩躯の敦へ視線を向け、
あらためてワイヤーで吊るしませんかと、
暗に“その細腕で抱えられるんだろうか”と訊きたいらしい彼なのへは、

「任せてくださいな♪」

こう見えても案外と力持ちですと、
持ち上げた右腕を肘で曲げ、
上腕をもう片やの手でさすって見せる弟くんのお茶目さへ、
おやまあと柔らかく笑ったシグマさんであり。
細められた双眸がやわらかな弧を描き、
メイクとはいえ怪我を負っての痛々しいお顔ながら
やんわりと浮かんだ優しくも温かな笑みへ、

「あ、や、あのその…。//////」

途端に凛々しさを見せつけていたはずの弟くんが
あわわと赤くなるのが微笑ましい。




こちらから懐き始めた途端によそよそしくなってしまったシグマさん。
実は、面倒な輩に目をつけられた自身の身を、
せめて敦らから遠ざけようとしていた配慮だったと
そんな痛々しい真実が
現生でもなかなかのコネやら伝手やらお持ちな太宰さんや中也さんにあっさり割れて、

「あまりいい話じゃあなかったけど、それを機にまた仲良くなれたのは嬉しいです。」
【そうか。楽しそうで何よりだ。】

異空間との通信で、暁くんや翠龍の兄様へまで嬉しい嬉しいとのろけるほど。
液晶画面の中で微笑む兄様のお顔を、直でも見られるのは嬉しいことだ。
いや、厳密にいえば同一人物ではないのだろうが、
それでも互換性というものか、同位の人たちには違いなく。
器が一緒と思うことにしたらしい敦にすれば、
直接逢えるし屈託なくお話が出来るというのは 思わぬ形で現れた特大の幸せには違いなく。

 “前生のシグマさんのことはあんまりよく知らなかったけど、”

接した機会があのいっときだけ、
相手を知るようなお付き合いなぞほぼないようなもので。
とんでもない生まれというかお立場の人で、
誰にも何にもよすがの無いという凄絶な身、
居場所を守るのに必死で生きてたというお話を、太宰さんから少しだけ聞いたことがあったくらい。

「…で。中也や敦くんと同じ事務所に所属することとなったって?」

そろそろ撮影も最終的な展開へ。
そちらは別撮りの異世界の混乱具合をよそに、
翠龍様は中将殿の屋敷の奥向きに、匿われるように滞在なさることとなる運び、
長々と離れ離れだった大好きな兄様と一緒に暮らせると、
それはもうもう嬉しそうな暁くんの姿がいっぱい撮影されており。
そういった撮影の行程と並行して、
問題の多々あった、彼が元居た事務所が欧州の現地で音もなく消滅したのとすれ違うよに、
アメリカに本拠のある、中也や敦が所属する事務所へと移籍をし、
様々な権利もがっつりと保証された身となったらしい。
昔の何やかやを持ち出すような、
心ないハイエナ根性むき出しの輩への対応も完璧だそうで、

 “まあ、今の今、
  ドル箱の中也の機嫌を損ねてへそ曲げさせる方が痛手だろうしな。”

最近では後進の指導まで手掛けている、アクション世界の次代の重鎮。
特撮も進歩し、今時は 精巧なAIが注目されてもなお、
大画面で披露されても隙のない生身の演技には称賛がやまない人気の男優であり、
表現力も豊かなら融通も利いて、
巨匠から新鋭まで、どんな監督のオファーにも完璧に応じてしまえる応用力はいまだに不滅。
その身でコツコツと得てきた実績付きの伝手もコネも山ほどあって、
ハリウッドの業界で、ある意味 無敵かもしれぬ。
そんな凄まじい役者が属しているというだけでどれほどの利益が降りそそぐかを思えば、
ショービズに妥協のない本場ならでは、むしろいたってシビアな対応とも言えて。

 『何なら私たちも移籍しちゃう?芥川くん。』
 『いやそれはちょっと…。』

洒落にならんぞと、今所属している劇団系の事務所の社長が
血圧上げすぎて卒倒しそうな提案を
誰かさんが誰かさんへしたとかしなかったとかいうお話はともかく。

 「こっちですよvv」

槇の中将が住まいとする不思議屋敷での、彼自身の新居となった庵へと、
お片付けやら大掃除やらに奮闘したという弟くんが
新たな住人である兄上、翠龍殿を案内してゆくラストのシーン。
それが普段着であるらしい、
やや醒めた緋色の小袖に黒地の筒袴姿という少年が手を伸べて来て、
そちらもやや異国風、
それでも最初にまとっていた仰々しい軍服風の導師服ではない、
敢えて言うなら中華風のスタンドカラーの道着とやはり筒袖の内着。
ボトムは柔らかい生地ながら濃色のゆったりした筒袴。
濃い色の衣紋が、兄君の浅い色合いの髪を映えさせる。
普段の自前の髪色もよく似ている二人であり、
こうやって間近に並んでいると、役柄ではなくの本当に兄弟みたいだねぇと
誰もが言うのが敦にはこっそり嬉しかったりし。

 “だってホントに兄弟なんだしvv”

口に出しては言えないけれど、自分にしてみりゃホントのホント。
ご本人さえそんな自覚や意識はないのだろうけれど、
それでも良いんだ、自己満足上等と、
どっかの“存在しない記憶”を主張なさってたお兄さんよろしく(おいおい)
自身がそうと思っていればいい事実とばかり、ほこほこ嬉しそうにしておいで。

  そして

手を引かれたその感触に、

 “……え?”

何かをふっと思い出す。
幼い子の手を引いて引かれて、
風に揺蕩う柔らかな草原の海を歩んだ記憶が
どこからか心持ちの中へと滲み出す。
時々こちらを見上げてくる子の笑顔へ、
愛しいが足元が危ないぞとはらはらしたくすぐったい心持ちまでじんわりと迫ってきて、

 「? どうしました?」

つないでいた手から、何か伝わりでもしたものか、
記憶の中の幼子よりもずんと育った少年が、
肩越しにこちらを振り返る。

 「……ああ、何でもないよ。」

小さく笑い、撮影の場へと歩みを運ぶシグマ氏で。
何へ気づいて何を噛みしめるのかは、まだまだ先のお話…。





     〜 Fine 〜    26.10.17.



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 *何だかとりとめのないお話になっちゃいましたね。
  それぞれに記憶していることがばらばらだし、
  何なら一番思い出せないでいた敦くんが、
  なんと漫画原作の世界の記憶まで復活しちゃったややこしさ。
  あまり活劇も出てこなかったし、ふんわりとつかみどころのないお話になっちゃいましたが、
  こんな感じで相変わらずお元気な彼らでございます。